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過去最高の「売り手市場」へ会計事務所の人材獲得に赤信号

      2015/09/14

会計業界の人材不足に歯止めがかからない。税理士試験の受験者数がわずか3年で1万人もの減少と、悪化の一途をたどっていることからも分かる通り、会計業界内に人材が集まらなくなっている。さらに景気の改善を受けて、業界内から一般企業への転職も激増、業界内からも人材が流失してしまっている。

会計業界専門の人材サービスを手掛ける各社の担当者も「圧倒的な売り手市場です。このままでは業界全体が衰退してしまいます」と口をそろえるこの状況をどう乗り越えればよいのか。会計事務所が人材採用に成功するためには何が必要なのか、考察する。

完全な売り手市場に一変今年の夏が切り替わりの時期

「2年前は『基本的には買い手市場。一部の優秀な人材は売り手市場』という状況でしたが、今年の夏で一変しました。人材採用市場は完全に売り手市場です」と語るのは、株式会社大原キャリアスタッフのコーディネーター、佐々木優子氏だ。

株式会社TACプロフェッションバンクのチーフコンサルタント、古賀幸広氏も同意見だ。

「求人が好転して、売り手市場がさらに進んだ感があります。会計事務所様側からの求人募集は2008年が最多でした。ところが、リーマンショックを経て一時下火に。そこから2012年辺りから改善し始め、2014年の今年は2008年を抜いて過去最高の求人数です」

会計事務所側からの求人は激増する一方で、応募者数は激減。会計事務所を取り巻く人材採用の現場は正念場を迎えている。

応募者数が減少している背景には会計業界を目指す人員そのものが減少していることが挙げられる。

税理士試験申込者数の推移がそのことを示している。

2014年度の申込者数は4万9,876人。初めて5万人を割り込んだ。2011年に6万人を割ってから、わずか3年で1万人の受験者が減少したことになる。

同時に会計業界から一般企業への人材の流出も歯止めが掛からない。

税理士の求人・転職サービスを手掛ける株式会社MS-Japanの取締役、中園隼人氏は会計業界が置かれている現状に危機感を募らせる。

「会計事務所から一般企業への転職が活発化しています。これは、待遇を改善して欲しい転職者と、経理のプロフェッショナルを求める一般企業のニーズが合致しているのが原因です。このまま手をこまねいていたら、会計業界全体が沈没していってしまう。それくらいの危機感を抱いています」

業界内に入ってくる人材は減り続ける一方で、業界内から出ていってしまう人材は増え続ける。この悪循環の原因は一体どこにあるのか?

「社保完備」は最低条件ライバルはすでに業界外にあり

もっとも大きな原因は待遇面にあると、各社の担当者は一様に口をそろえる。最近多く聞かれるのは30代半ばの家庭を持った男性が、一般企業へ転職するケースだという。

「やはり、家庭を持ち養っていく中で、年収300万円台というのは厳しいですよね」(大原キャリアスタッフ・佐々木氏)

今回、本特集の制作にあたって約300事務所の求人募集要項を調査してみたところ、平均的な初任給は月額約20万円。一般企業の初任給と比較しても決して高額とはいえない。

社会保険に未加入の事務所というのもまだまだ多い。残業代や退職金といった福利厚生の部分も、決して無視できないポイントだ。

「今どき、どんなに小さな企業でも社会保険や年金には加入していますよね。ところが会計事務所ではいまだに未加入というのが珍しくありません。求人の募集要項を見れば、応募者にはその辺がよく分かっ完全な売り手市場に一変今年の夏が切り替わりの時期てしまいます。一般企業に人材が流れてしまう原因のひとつだと思います」(株式会社MS-Japan・中園氏)

かつて、顧客に対して「先生業」でいられた会計事務所も、いまではサービス業としての意識が求められるのと同様に、職員や応募者に対して「修行中なのだから待遇は低くて当然」「給料は低くて当然」といった考え方はもはや通用しない時代になっている。

会計業界の人材の奪い合いのライバルは、同じ業界内の他事務所だけではなく、今では一般企業にまで広がってしまっているのだ。

求職者のために成長できるビジョンを示す

とはいえ、いきなり初任給を上げることはできない。待遇も急激に改善させるわけにもいかない。ならば、どうすれば優秀な人材に応募してもらえるようになるのか。

「情報をどれだけオープンにしているかで応募してくる数は変わってきます」と、古賀氏は語る。これは会計業界に若い世代が入ってこない原因のひとつにも挙げられることでもあるが、そもそも学生や未経験者には会計事務所の差異がよく分からない。

違いはスタッフ数や顧客数などの規模でしか理解できず、所長がどのようなビジョンで仕事をしているのか、事務所の得意なサービスはなにか、他事務所との違いはどこにあるのかといった、応募するにあたって知りたい情報が伝わっていない。

「当社で行っている『会計事務所まるわかりセミナー』では、所長先生自らに事務所の魅力を学生相手に語っていただいています。そうすると、その生の声を聞いて学生はみな感動するんですね。先生方にはぜひ、ホームページや募集要項などで、事務所からのメッセージをしっかりと発信していただきたいと思います」(古賀氏)

応募者が知りたいポイントはいくつかに絞られる。

●入社後、自分はどのようなキャリアをたどっていくのか
●所長先生はどのようなビジョンで事務所を経営しているのか
●事務所が目指す方向性はどのようなものか

これらは、当社が8月9日(土)に大原簿記学校東京水道橋校本館で行われた大原キャリアスタッフ主催の「就職面談会」会場で参加者に行ったアンケート調査でも浮き彫りになっている。

「どんな事務所に勤めたいですか?」という問いに対して、「成長できるか」との答えが24.8%で最多。続いて「資格取得を推進している」が20.0%で2位、その後に「人間関係が良い」が18.4%と続く。

2年前に取った同内容のアンケート調査では「人間関係が良い」が圧倒的な票を集めていたが、時間とともに求職者の思いにも変化が起こっている。

その他には、具体的な業務内容も明確にしておきたい。

「税理士先生は一般企業の経営者にとって無くてはならない経営コンサルタントという側面もありますよね。学生はその辺りもよく分かっていないケースが多々見られます。会計事務所の業務は経営者にとって欠かせない、魅力ある仕事なんだということをお伝えしていただきたいですね」(大原キャリアスタッフ・佐々木氏)

会計業界に再編の時期が到来危機的状況を脱するためには

人材について考えたとき「成長」というキーワードがついて回る。

先述したとおり、事務所へ応募するか否かの判断基準として求職者自らが成長できるかに重きを置いているのと同様に、成長期にある事務所かどうかというのも、事務所が人材を失うか否かの基準の一つになっている。

「成長していない事務所は職員さんの業務内容も、お客様も変わらないんですよね。そうすると、成長志向を持っている職員さんは3~5年で転職してしまいます」(中園氏)

新しい優秀な人材を採用するにも、すでに事務所にいる人材を手放さないためにも、会計事務所には常にチャレンジ精神が必要になってくる。

人材採用にまつわる課題は簡単には解決できない。それでも、少しずつでも改善していかなければ会計事務所の未来はない。

一気に改善できなくとも、一般企業の労務管理、待遇面などを参考に、事務所に採り入れられる点はないかを考えることが必要な時代がやってきている。

では、良い人材を獲得するために会計事務所はどうするべきなのか。

●事務所の業務・理念を棚卸しし、ビジョンを明確にする
●求職者のキャリアプランを示す
●事務所を成長軌道に乗せ、成長に合わせた報酬を支払える収益体質を作る
●給与、報酬を体系立てて整える
●社会保険や年金など最低限の労務環境を用意する
●人材採用のプロの力を借りる

いま、会計業界には再編の時期が訪れている。そもそも人に依存する会計業界に人が集まらなくなってしまっては、先細りは免れない。

「会計事務所の先生方の仕事は大変素晴らしいものです。やりがいに溢れる仕事です。ぜひ、もっと情報発信していただきたい。もはや人材不足は一事務所だけの問題ではありません。業界全体で取り組むべき課題です」(中園氏)

まだまだ危機的状況に対する業界内の認識は千差万別だ。 この状況を改善できるのは、会計事務所の所長先生自身のほかにない。

『なぜ、あの会計事務所は良い人材が採れるのか?』

 - 事務所経営